きみがくれたぼくの星空 [著]ロレンツォ・リカルツィ

きみがくれたぼくの星空 [著]ロレンツォ・リカルツィ
[掲載]2006年07月30日
[評者]角田光代(作家)

鋭く深く描く80歳の恋と「恋以上」  

帯にはラブストーリーとある。

しかしこれをラブストーリーとくくってしまっていいのだろうか? 読みながら私は幾度もそんな疑問を抱いた。読み進むにつれ、恋愛というものをはるかに超えた小説に思えてくるのだった。

 妻を失い、脳血栓を患い、老人ホームに入った八十歳の物理学者トンマーゾは、そこでおこなわれるいっさいに我慢がならず、悪態ばかりついて「ミスタークソッタレ」の異名をとる。


ホームで暮らして四年目、彼は奇跡を体験する。

同じくホームにきた七十代の女性エレナとの出会いである。


北風と太陽の物語のように、エレナはその愛で、トンマーゾのまとった重たいコートを脱がせる。
諦観(ていかん)、絶望、嫌悪、恐怖——負の感情の詰まったコートを。

 

絵文字の写真集が8万部売れ人気

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絵文字の写真集が8万部売れ人気 >「ピクトさんの本」
2007年08月23日11時43分(朝日新聞)

 段差で転び、頭を打ち、はしごから転落して、ドアにはさまれる。公共施設の非常口や工事現場で見かける絵文字の「ピクトグラム」を集めた『ピクトさんの本』(ビー・エヌ・エヌ新社)が8刷8万部と売れている。


頭打ち系

 国内外のピクトグラムの写真を集め、「転倒系」「かけこみ系」「はさまれ系」などに分類。「転倒系」でも「コンビニで」「北海道で」「韓国で」とところ変わればポーズも様々だ。  


〈自らの体を犠牲にして、道ゆく人に危険を知らせてくださっている〉と、著者のコピーライター内海慶一さんは「ピクトさん」と敬称を付けて呼ぶ。


 インターネットで写真を掲載したところ、ほかにも目撃情報が投稿されて集まってきた。「耐え忍んでいる姿がけなげでかわいそうで、それなのに笑ってしまう」

ブルタニカの世界こども百科

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ブルタニカの世界こども百科は、面白いよ!!

ちょっと昔、と言っても昭和47年3月1日に初版本が出ました。全16巻あってとても楽しい本です。

  おかあさまの手引書
  
  音楽って楽しいな わたしは作曲家 リズムの行進
   
  音楽って楽しいな 音楽の世界旅行 こどものための交響詩



と、心もうきうきするような、言葉と絵が飛び出してきます。

  音楽を作った人 富田 勲 
                    ・ジャングル大帝 
                    ・天と地と 
                    ・新平家物語
              
  お話を作った人 山元護久 ・ひょこりひょうたん島
              ・ネコジャラシの11人 



感心がある人居ませんか?ブルタニカの世界こども百科
                

長崎の鐘のモデル 永井博士の物語

戦後間もなくから、現在まで歌いつがれている「長崎の鐘」、そのモデルの人です。あの「こよなく晴れた青空を悲しと思う切なさよ」と言う歌の人です。

『永井隆 平和を祈り愛に生きた医師』


 ◇中井俊已作『永井隆 平和を祈り愛に生きた医師』(童心社・1470円) 

 明治41年、島根県に生まれた永井隆は長崎医大に進み優秀な成績をおさめるも、急性中耳炎で片方の聴力を失う。

 軍医として中国に2度渡り、帰国後は幸せな結婚をするが、白血病を患い余命3年を宣告される。

 さらに長崎で被爆する。艱難(かんなん)辛苦の人生にあって、長崎から平和を訴え続けたひとりの医師の伝記。

子どもの頃に、この話を新聞記事で読んで、感動したことを覚えています。今の時期にいい本が出版されたと思います。


「火垂るの墓」を実写映画に」

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「火垂るの墓」を実写映画に 41歳監督、師の後を継ぎ2007年08月19日10時56分(朝日新聞から)

 終戦前後の神戸周辺を舞台に親を亡くした兄妹を描いた野坂昭如さんの自伝的小説「火垂(ほた)るの墓」が実写映画化される

 アニメ映画で反響を呼んだが、実写映画は初めて。戦争と平和をテーマにした作品群を残して昨春、急逝した黒木和雄監督=宮崎県えびの市出身=の下で助監督を務めた日向(ひゅうが)寺(じ)太郎監督がメガホンを握る。享年75の大先輩の仕事を受け継ぐ形になる41歳の日向寺監督は「戦争を知らない世代だが、自分なりの戦争を描きたい」と語る。


日向寺太郎監督
故・黒木和雄監督
 「火垂るの墓」は67年の直木賞受賞作。88年にスタジオジブリの高畑勲監督がアニメ映画化し、05年には日本テレビが実写ドラマ化した。実写映画は、映画製作・配給会社「パル企画」(東京都)などが製作する。


 同社は当初、少年時代の自身の体験を題材にした「美しい夏キリシマ」(03年)、長崎と広島の原爆被害をモチーフにした「TOMORROW/明日」(88年)と「父と暮せば」(04年)の戦争レクイエム3部作などで知られる黒木監督に依頼。急逝を受け、数多くの黒木作品で助監督などをしてきた日向寺監督に白羽の矢が立った。

 仙台市出身の日向寺監督は大学時代、原爆投下直前の長崎の人々の営みを通して戦争の悲惨さを伝えた「TOMORROW」にショックを受け、卒業後、黒木監督の門下生になった。「『反戦』などのメッセージを押し付けず、人間とその人生をきちんと描いていた。それが黒木作品が今も色あせない理由だと思う」

 05年公開の「誰がために」で独り立ちし、要請に「黒木監督の仕事を受け継ぐのは荷が重いし、おこがましい」と一度は辞退した。戦争体験者でない自分が戦争と平和をテーマにした作品を撮るのは難しいと思えたからだ。だが再度の打診に「戦後世代の自分でも、原作を『どう受け止めたか』なら表現できるのではないか」と考え直し、引き受けた。

 来夏公開予定で、9月から兵庫県内で撮影を始める。日向寺監督は「死んでしまう兄妹への、自分なりの悼み方を通して、戦争を描きたい。黒木監督や野坂さんに恥じない作品にしたい」と語る。

「ゆずりはの詩」 田中陽子さん

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「ゆずりはの詩」 田中陽子さん
手仕事の心を伝える
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 30年ほど前、十和田湖畔にある老舗ホテルの3代目に嫁いだ。向かいに建つ古いポンプ小屋の2階で寝起きする新婚生活だった。

 6坪ほどの小屋は1989年、桜皮細工や曲げわっぱ、津軽塗、裂(さき)織りなど東北の手仕事を商う「暮らしのクラフト ゆずりは」として生まれ変わり、今はそのギャラリーとして使われている。商品のほかに、青森県田子(たっこ)町の実家から持ち込んだ茶碗(ちゃわん)やたらい、籠(かご)などが静かに並ぶ。

 7年前、過労がたたって病を得た。うつも患った。回復の兆しが見えたころ、ラオスへ一人旅立つ。「自力で何かを乗り越えなければ」という一心だった。貧しい暮らしの中で、小さな喜びを見つけ明るく生きる人々。生活の道具を自然の素材で必要なだけ作り、それを真っ黒になるまで使い込む。その生き生きとした美しさに打たれた。

 彼らの地に足のついた生き様に接して、「ああ私には東北があったんだと気づきました」。帰国後、実家を訪ね、道具にまつわる思い出話を聞きながら、両親と納屋で過ごした。「二人も喜んでいました。いい時間でした」。ギャラリーを飾るのはそんな品々だ。

 「ゆずりは」を通して、東北の厳しい風土にはぐくまれた工芸品の技と作り手の心を伝える仕事を続けてきた。作品に込められた古老たちの人生そのものが、著者との対話によって紡ぎ出され、一冊の本になった。そこには作ることの喜びとともに、失われゆく悲しみが同居している。

 「東北のものを使ってもらう機会を作ること。それが生涯の仕事になるかもしれない。東北の手仕事を通じて、みなさんに私がラオスで体験したような自分と向き合う旅をしてもらえたら。十和田湖をそんな場所にしたいと思っています」。作り手と使い手の心を重ねることで、手仕事を残す。それは、田中さんと日本中の人々との壮大な共同作業になるだろう。(主婦と生活社、1500円)(片)

(2007年8月7日 読売新聞)

『ゆずりはの詩』田中陽子
出版社:主婦と生活社
発行:2007年6月
ISBN:9784391133967
価格:¥1575 (本体¥1500+税)

『努力する人は希望を語り 怠ける人は不満を語る』

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【きょうの言葉】「努力する人は希望を語り 怠ける人は不満を語る」井上靖
『努力する人は希望を語り 怠ける人は不満を語る』書・婁正綱


 「あすなろ物語」「天平の甍」「敦煌」などで知られる小説家の随筆「わが一期一会」から。別れや旅情、創作について、さまざまな視点からの独自の人生観がつづられている。

 きょうの言葉を、婁正綱さんが新たに色紙に書いて抽選で1人にさしあげます。はがきに掲載日、郵便番号、住所、氏名、年齢、電話番号を


明記して、〒100−8693 東京中央郵便局私書箱1046号 産経新聞東京本社編集局「きょうの言葉」係へ。締め切りは掲載日の1週間後必着。

(2007/08/12 08:29)

『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』手塚治虫著

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『手塚治虫「戦争漫画」傑作選』手塚治虫著

手塚治虫著(祥伝社新書・788円)
 ■心血を注いだ漫画家の原点
 


手塚治虫は、1945年6月7日、空襲に遭いました。

大阪大学医学専門部の学生だった彼は、級友たちと大阪の工場に勤労動員されていました。

手塚治虫の頭には漫画しかなく、教官の目を盗んでは漫画を描いていたそうです。そのときのようすが本書の名短編「紙の砦(とりで)」に出てきます。


空襲警報が鳴っても、彼は漫画を描き続けます。どうせ死ぬなら、大好きな漫画を描きながら死にたい、と思ったのです。実際、級友の多くはB29の爆撃で死に、手塚治虫はかろうじて生きのびました。


 拾った命は、戦後の漫画界で花開き、彼が日本の漫画文化を作り上げたことは誰もが知っています。

数多くのキャラクターを生み出し、歴史に残る長編漫画を何作も世に送り出した手塚治虫。しかし彼は、漫画家として成功した後も、自分の原点が恐ろしい戦争体験にあること、必死で逃げ回った空襲の経験にあることを、けっして忘れはしませんでした。

 戦争を経験した世代として、彼は自ら体験した恐怖を数本の短編漫画に仕立てています。

戦争の怖さ、愚かさは、手塚治虫がどうしても伝えなければならなかったことだったのでしょう。今、手塚治虫が心血を注いで描いた戦争漫画を読むと、手塚漫画の原点の一つがここにあったのだということを知ることができます。


 62年前の夏、この国で何があったのか。戦争を知らない世代、そのまた子供たちの世代がこの漫画を読むことによって、手塚治虫が繰り返し伝えようとしたことは何かがわかるでしょう。

二度とこういう目に遭ってはいけないのだと、読者は思うはずです。それこそが手塚治虫の願いだったと思います。(祥伝社新書・788円)

 



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第61回毎日出版文化賞 応募締め切り:2007年8月31日必着

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第60回毎日出版文化賞受賞者(06年11月赤坂プリンスホテル)
 
第61回毎日出版文化賞 応募締め切り:2007年8月31日必着

毎日出版文化賞は1947年に創設され、毎年優れた著作、出版活動を顕彰してまいりました。1年間に発行された出版物(電子出版物・翻訳本を含む)の中から、4部門に分けて特に優れたものを選び、著編者、翻訳者と出版社を顕彰します。


 本賞、特別賞受賞の著編者、翻訳者には、創業以来、出版界と深いつながりを持つDNP大日本印刷株式会社の特別協力により、「DNP賞」の賞状と記念品も贈られます。奮ってご応募下さい。

【応募基準】

2006(平成18)年 9月1日から2007(平成19)年 8月31日までの12カ月間に初版が刊行された出版物。また、その期間に完結または顕著な実績を残した「全集」「講座」などの出版物。
*但し、次の出版物は原則として除く。


(1)専門的な研究者に向けた出版物で、一般の読書対象になじまないも の。


(2)教科書、副読本、限定出版物、非売品など、読者が限定され、一般に入手困難なもの。


(3)政治結社、宗教団体などの組織がもっぱら活動の一環として刊行したもので、一般の読書対象になじまないもの。


(4)雑誌の形態で刊行されたもの。

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悪い河童(かっぱ)の話

佐賀で「怪談」を探すうち、興味深い話に出会った。

 その昔、松原川に兵主部(ひょうすべ)という悪い河童(かっぱ)がいて、子どもの水難が絶えなかった。藩主鍋島日峯(なべしまにっぽう)公は、兵主部を捕らえて処刑しようとすると、兵主部は深く反省。「自分を彫刻にしてくれたら、罪の償いにこどもを水難から守ります」と誓ったという。

 その木像が佐嘉神社にある。元々同じ敷地の松原神社の門に掲げられていたが、現在は座布団の上。作者は不明だが安永元年(1772)ごろの作らしい。鉢巻きを巻いて目をむき、しゃがみこんで水面を監視しているような姿は「頭に皿とザンバラ髪、背に甲羅」という河童のイメージとはずいぶん違う。働き者の“鉢巻き河童様”であった。

 神社を囲む松原川周辺は、木々の間を涼しげな水が流れる気持ちいい散歩道。「カッパが住める清流に」と佐賀市が環境整備をして、よみがえった川なのだ。基準が河童というところがいい。川には長老の兵主部はじめ、長女河童のみどりちゃん、二男河童のワンパックンなど河童一家の石像が。長男河童のかわ太郎の手を握ると、石橋からシャワーッ!と水が噴出する。この仕掛けはなかなか楽しい。お茶目な河童像にすっかり「怪談」を忘れた私たちだが、油断は禁物。なにしろ兵主部は、人間がさんざん働かせたあげく「人間にしてやる」との約束を破ったから悪河童になった。怖いのは人間か。

 昔から人間は河童に尻子玉を抜かれて腑(ふ)抜けになるといわれる。間違っても川にいたずらなどしてはいけない。兵主部は今もどこからか、しっかりにらんでいる。(ペリー荻野 コラムニスト)

(2007年8月8日 読売新聞)

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岡本太郎さんの原爆壁画、川面に映し…きょうで62年

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岡本太郎さんの原爆壁画、川面に映し…きょうで62年


原爆ドーム前の元安川に映し出された岡本太郎さんの「明日の神話」 広島市は6日、62回目の原爆忌を迎える。

同市中区の原爆ドームそばを流れる元安川では5日夜、水面に、原爆投下をモチーフにした岡本太郎さんの大壁画「明日の神話」が、原寸大(横30メートル、縦5・5メートル)で映し出された。

 ドーム対岸の2台のプロジェクターから川面に浮かべたスクリーンに光が当てられると、燃え上がるがい骨や不気味なきのこ雲などが現れた。

 3年前から、原爆忌前夜に被爆前のドーム(広島県産業奨励館)の姿を川面に投影してきた市民団体が、壁画の広島誘致活動に共鳴して企画した。
(2007年8月6日1時40分 読売新聞)

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アニメ「河童のクゥと夏休み」 原恵一監督に聞く

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遠野を旅するクゥ(左)と康一 (C)2007木暮正夫/「河童のクゥと夏休み」製作委員会

アニメ「河童のクゥと夏休み」 原恵一監督に聞く2007年08月01日12時55分


 アニメ「河童のクゥと夏休み」が28日から全国公開された。映画版「クレヨンしんちゃん」で大人を泣かせる名作を送り出した原恵一監督が、児童文学を原作に、友情、命、いじめ、初恋、成長といったテーマをまじめにじっくり描き込んだ力作だ。(アサヒ・コム編集部)



原恵一監督は「映画クレヨンしんちゃん」シリーズ「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」で高い評価を得た

クゥにつかまって清流を泳ぐ康一
いじめを受けている菊池に、話しかけられる康一
街なかで困り果てるクゥに、人々が携帯のカメラを向ける


原作は木暮正夫の児童文学。アニメ化の企画を20年温め続けた原監 督を応援していたが、今年1月、完成版を見ることなく亡くなった。

 地中で300年眠っていた河童(かっぱ)の子クゥが、小学生の康一に助けられ、現代の東京によみがえる。やせた川、変わり果てた風景に驚くクゥ。康一に連れられ、河童伝説の残る遠野へ行くが仲間はもういない。やがてクゥの存在がマスコミに知られ、康一の家族は大騒ぎに巻き込まれる。

 「クゥをものすごく無垢(むく)な存在として描きたかった」と原監督。クゥを鏡として、現代が映し出される。「河童は、豊かな自然がないと生きていけない。人間社会でまかり通る『うそ』が理解できない。そのギャップを抱えてどう生きるかが面白い」

 夏休みの子どもたちに見せたい作品です。

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